2009年10月25日

敗北宣言

小生の中では、“敗北宣言”です。
今日(10月25日)の、サガン鳥栖VSヴァンフォーレ甲府戦を見て、そう思いました。

勝ち点の点数上のことではなく、スピリッツの問題でした…。

ここからは、多少、不愉快な内容を書くかもしれませんので、あくまでも小生の個人的な意見としてお読みください。
個人的に感じるところを書くので、議論と言う形にはしたくありません。

今日のサガン鳥栖の試合には失望しました。
というのも、「是が非でもJ1昇格…」という気持ちが伝わってこなかったからです。

こうした気持ちがどこで伝わってくるかというと…。
選手の必死さです。
この「必死さ」は、彼らが懸命にやればやるほど会場の空気に伝染するようなもので、観客は確実に伝わってくるものかと思います。

サッカーは基本、ボールを奪い合って、相手のゴールに点数を入れた方が勝ちです。
単純なルールですし、見やすいということもあって、多くのファンがいます。

ボールはどこにでも転がっていくので、中には“運”もあります。
小生も「運の有無」を否定しません。

ただ、そこには、選手たちのボールに対する執念というが重なってこそ、運というところが生きていると思っています。

選手の必死さというのは、
例えば、ボールを持っていないときの動きであったり、
時間がなくなってきて負けている状況での、ボールの追い方、あるいは相手選手とのコンタクトでの気合、
一歩でも相手よりも先にボールを奪おうとする気迫…。

こうしたモノが重なって、選手の必死が伝わってきます。

残念ながら、今日のサガン鳥栖は後半にヴァンフォーレ甲府にリードを許しながら、残りの時間で逆転するために、2点を取りに行かなければならない状況の中、スローインのポジションに入るまでの動作とか、
あるいは、キーパーがゴールキックをした後に、ポジションを取るために位置確認する動作とか、
そうした動きに、必死さが感じられませんでした。

だからというわけではありませんが、見ている小生もまったく緊張感を持つことなく、“平常心”でみることができました(嘆)。

これで、J1昇格はなくなったと思います。
あとは5位を確保できるように、頑張ってほしいと思います。


J1への椅子は、
セレッソ大阪
ベガルタ仙台
ヴァンフォーレ甲府
湘南ベルマーレ   ・・・の4クラブに絞られました。

皆さん、悔いがないように、頑張ってください。

来季は小生の“ふるさと”である大分トリニータがJ2に参戦します。
あまり見たくないのですが「大分トリニータVSサガン鳥栖」の試合を見ることになりそうです。
どっちを応援する自分がいるのか、今の小生には予想がつきません。   

Posted by タピタピ  at 20:04Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年10月24日

奇跡のJ1昇格を信じて!! ~湘南が負けた~

人生は何があるか分からないでしょ!!
だから、言った(書いた)んですよ。「他力」もいいことがあるって…。

ロアッソ熊本が湘南ベルマーレに1-0で勝ち。
サガン鳥栖の奇跡のJ1昇格の可能性が、少~し、高まりました。

順位は以下のようになっています。

サガン鳥栖にとっては、明日(10月25日)の、ヴァンフォーレ甲府戦に、勝つことが必要です!!



順位 チーム       勝点 試合数 勝 分 負 得点 失点 得失差
1 セレッソ大阪     95   46 28 11 7 89 49 +40
2 ベガルタ仙台     93   46 28 9 9 76 38 +38
3 湘南ベルマーレ   90   47 27 9 11 76 46 +30
4 ヴァンフォーレ甲府 88   46 25 13 8 68 39 +29
5 サガン鳥栖      80 46 23 1112 67 48 +19
  

Posted by タピタピ  at 15:06Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年10月23日

秋天の陽炎 金子達仁さん

スポーツグラフィック「Number」を読まれた方は、金子達仁(かねこ・たつひと)さんの名前を聞いたことはあるかと思います。
小生は一度だけ、金子さんに会ったことがあります。

それは、1999年のJ2リーグ最終節「大分トリニータVSモンテディオ山形」のことを金子さんが書いたドキュメント『秋天の陽炎』の取材の際です。
当時、小生は大分トリニータの広報担当でした。

あの金子さんがトリニータを取材したい…という依頼を受けて、選手を始め関係者の取材をセッティングしました。

この「大分VS山形」の試合は、大分がロスタイムまで「J1昇格」を目前にしながら、山形の驚異的な粘りによって引き分けとなり、J1昇格が夢に終わったという試合。
金子さんは、この試合を客観的に追いかけ、試合のウラに存在するいろんな方の“ドラマ”を赤裸々に書いています。

その取材力の鋭さ、読みの深さ、取材の緻密さ、どれをとっても小生の域をはるかに超えていました。

小生も新聞記者出身で、取材に関しては独自の世界観やノウハウを持っていましたが、金子さんの前には“赤子”でした。
広報担当である小生は当時、新聞記者やテレビ記者、雑誌記者らの取材を間近に見てきましたが、そのどれもが『たいしたことがないな…』と、思っていました。
どこがたいしたことがないのかはここでは書きませんが、取材を受ける側として、マスコミの物足りなさを大いに感じていました。

ところが、金子達仁さんはさすがでした…。

スポーツ記者をはじめ記者の方は、是非、『秋天の陽炎』をお読みになることをお勧めします。   

Posted by タピタピ  at 22:13Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年10月22日

奇跡は起こります

サガン鳥栖は前節、アウェーでベルマーレ湘南に0-1で敗れて、J1昇格争いが厳しくなりました。

ただ、奇跡は起こります!!
“根拠のない奇跡”を語っても、あまり説得力がないので、ここは小生自身の経験をお話しましょう…。

今から10年前、Jリーグは2部制になりました。
J2は当初、10クラブが参加し、上位2クラブがJ1に昇格します。当時のルールで以下のようなものでした。
・90分以内の勝利=勝ち点3
・延長Vゴール勝利=勝ち点2
・引き分け=勝ち点1

これを見ても分かるように今季のJ2リーグのルールとは異なります。

ところで、当時、小生は【大分トリニータの広報担当】でした。
以下に、リーグ終盤戦のJ1昇格争いを書いてみます。J1昇格争いは2強(川崎フロンターレ、FC東京)とそれを追う大分トリニータ、アルビレックス新潟…。

第28節 大分トリニータは最後の天王山であるFC東京とアウェーで対戦し2-4で敗れます。この試合、FC東京は大分に4-0でリードし、トリニータが2点返したが敗退しました。
第28節 ●大分2-4東京 大分46 東京58 点数は勝ち点
残り試合が「8」となって、FC東京と大分トリニータの差は「勝ち点12」でした。
この時点で、新聞各紙は『FC東京J1、確実!!』と書きました。

以後のリーグの試合結果は…。○は90分勝ち、□は延長勝ち
第29節 ○大分2-0札幌 大分49      ●FC東京1-2山形 東京58
第30節 ○大分3-0川崎 大分52      ●FC東京0-1鳥栖 東京58
第31節 □大分2-1甲府(延長)大分54   ●FC東京0-1札幌 東京58
第32節 ○大分3-2大宮 大分57      ●FC東京2-3川崎 東京58
第33節 □大分1-0仙台(延長)大分59   ○FC東京2-0甲府 東京61
第34節 ●大分1-2新潟(延長)大分59   ■FC東京0-1大宮 東京61
第35節 ○大分3-2鳥栖 大分62      ●FC東京0-1仙台 東京61
第36節 △大分1-1山形 大分63      ○FC東京1-0新潟 東京64

第36節はあの『大分の悲劇』を生んだ舞台でした。このことも以前のブログで書いたとおりです。
参照:http://hibino.saga-s.co.jp/?m=pc&a=page_fh_diary&target_c_diary_id=134691


サガン鳥栖が戦うJ2の残り試合は「5」。鳥栖が5連勝したら勝ち点は95。現時点の3位の湘南が「2勝」すれば勝ち点96で鳥栖を上回ります。
苦しいことには違いありませんが、ここまで来たら“他力”であろうが、奇跡であろうが、まずは目の前の試合を全勝することのみです。



J1昇格レースの歴史

<1999年>
1位 川崎 勝ち点73 得失点差35
2位 東京 勝ち点64 得失点差16
-------------------------------
3位 大分 勝ち点63 得失点差20

<2000年>
1位 札幌 勝ち点94 得失点差49
2位 浦和 勝ち点82 得失点差42
-------------------------------
3位 大分 勝ち点81 得失点差42

<2001年>
1位 京都 勝ち点84 得失点差31
2位 仙台 勝ち点83 得失点差22
-------------------------------
3位 山形 勝ち点80 得失点差22
4位 新潟 勝ち点78 得失点差32
5位 大宮 勝ち点78 得失点差30
6位 大分 勝ち点78 得失点差23

<2002年>
1位 大分 勝ち点94 得失点差33
2位 大阪 勝ち点87 得失点差40
-------------------------------
3位 新潟 勝ち点82 得失点差28
4位 川崎 勝ち点80 得失点差18
  

Posted by タピタピ  at 23:16Comments(2)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年10月21日

サガン鳥栖の試合 パブリックビューイング

今日(10月21日)はエスプラッツのパブリックビューイングでアウェーの「ベルマーレ湘南VSサガン鳥栖」を見てきました。

仕事の都合もあって、後半からの“観戦”でしたが、小生が最近見た試合の中では一番気持ちが入っていたかと思います…。

いい試合でした。
結果は、皆さんご存知のとおり、ロスタイムに湘南に得点されて0-1で敗れました。

ここからは“自力”でのJ1昇格はなくなったので、“他力”を信じて奇跡を待つしかありません。

今日の試合、湘南はホームだったのですが、とにかく守りを固めていましたね。サガン鳥栖は左サイドから結構、いい攻撃を展開していましたが、何故かクロスの精度が悪く、逆に相手にボールを奪われて速攻を仕掛けられる場面も多々ありました。

小生が評価したいのは、中盤でのボールの取り合いと、今回の試合は気持ちが前がかりになっていたこと。
ボールの取り合いでも積極的に選手でも一歩でも前にいこうとする姿勢が見えました。

ロスタイムになって「引き分け回避」のサガン鳥栖はあそこではリスクを冒しても攻めるしかありません。
結果、中盤でボールを奪われて一本のパスを通されて、得点されましたが、あれは仕方ないと思います。
あの場は攻めるほかありませんでした。

ところで、パブリックビューイングの会場には「ミスターサガン鳥栖」の永井君(強化部長)もいて、1年半ぶりくらいに話しました。
さすがに、試合後は彼もがっかりしていました…。
一番、サガン鳥栖に思い入れがある人ですからねぇ…。かける言葉が見つかりませんでした。

今回初めてエスプラッツのパビリックビューイングに参加しましたが、サガン鳥栖の社員に聞くと「スカパーさんとのタイアップイベント」ということですね。
こうしたイベントをきっかけにしてスカパーの加入者が増えればいいですね。

えっ?! 小生ですか???

小生のうちには、スカパーどころかテレビを置いていませんので、しばらくはスカパーを契約するつもりはありません(汗)。


最後に、J1昇格争いは、3位だったヴァンフォーレ甲府が最下位の横浜FCに0-1で負けました。
これだから試合は分からないんですよ。セレッソ大阪も徳島相手に0-0で引き分けですからね…。

まだまだ奇跡が起こる可能性はあると思います。
少なくとも、他力であろうがそう信じたいところです。  

Posted by タピタピ  at 22:10Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年10月19日

最後の天王山

昨日(10月18日)の試合でベガルタ仙台に引き分けたサガン鳥栖。この時点でJ1昇格の可能性は10%ぐらいになったかと思います。
小生も試合を見たのですが、前回のブログで書いたとおり「J1昇格レースをしているチームの試合ではなかった…」と残念に思っています。

次節(第46節)10月21日(水)、サガン鳥栖はアウェーで湘南ベルマーレと対戦します。現在4位の湘南との直接対決です。
この試合が、サガン鳥栖にとってはJ1昇格レース最後の天王山となるでしょう。

この試合で、万が一サガン鳥栖が「勝てない」ような結果になった場合、小生は自身の気持ちの中で“敗北宣言”を出します。
『佐賀県を一つに…』という大きな目標を捨て、一人のサッカーファンに戻ります。

引分さえ許されない状況において、今のサガン鳥栖に必要なことは、次の湘南戦ではキックオフ直後からガンガン試合をすること。
スタミナを心配して『後半勝負』という作戦ではなく、最初からガンガン行くことで相手に対するプレッシャーをかけることができます。
そうすれば、カウンターの打ち合いのような試合になり、ひょっとしたら大勝できるかもしれません。

湘南にただ勝つだけでなく、湘南相手に彼らのホームゲームで『3-0以上で勝つこと』によって、今後のJ1昇格レースが変わってくと思います。

このアウェーでの試合、この前みたいにパブリックビューイングはないんでしょうかね?
湘南までは応援に行けないので、よかったらこんなイベントをもっとやってほしいですね。そのためにはスカパーの生中継が必要ですね…。
  

Posted by タピタピ  at 08:54Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年10月18日

J1昇格争いをするチームの試合ではない!

申し訳ないですが、敢えて書かせてもらいます。
今日の試合、「サガン鳥栖VSベガルタ仙台」戦は1-1で引き分けました。午後4時からのキックオフでしたので、既にヴァンフォーレ甲府とベルマーレ湘南の試合は終了し、両チームとも勝利し、サガン鳥栖が試合をする時点の勝ち点は以下のようなものでした。

1位 大阪 91 (試合は午後4時から)
2位 仙台 89 (試合は午後4時から)
3位 甲府 88 (午後1時から試合、勝利)
4位 湘南 87 (午後1時から試合、勝利)
5位 鳥栖 79 (試合は午後4時から)

恐らく、選手やスタッフ(監督、コーチ)も、他会場の結果は知っていたと思います。
小生は何度も書いてきましたが、サガン鳥栖のJ1昇格条件は、「上位との直接対決で勝利すること」です。
したがって、この日のベガルタ仙台戦は絶対に勝ちに行くべき試合でした。

一方、仙台も3位の甲府が勝ったことで、試合時点での勝ち点差が「1」となり、1節で順位が逆転する位置につけています。
ここは、サガン鳥栖に対しては「負けない試合」をしつつも、できれば勝ちを狙いに行くべき試合だったかと思います。

さて、午後4時3分。キックオフ。
序盤からペースを握ったのは仙台の方でした。
サイドをどんどん破るし、ボールにくらいつくし、彼らの必死さが表れている内容でした。
片やサガン鳥栖は、魂のないまったくもってつまらない試合を展開していました。前半のシュート数は1本ぐらい…。
小生これを見て「怒り」を禁じえないくらいでした。
なぜならば、サガン鳥栖にとってこの日の試合は、クラブの運命を大きく左右する一番。命懸けで戦ってほしいぐらいの価値があったからです。

前半0-0で終了し、後半、サガン鳥栖はFW廣瀬に代えてトジンを投入。恐らく、岸野監督の作戦は「後半勝負」だったのでしょうか?!
後半は最初からガンガンとばして仙台を攻め続けました。
小生『はぁ~、やっとJ1昇格レースらしい試合になったぞ!』と思ったのもつかの間、仙台が右サイドからのクロスにFWのサーレスが頭で合わせて先制点。
0-1となったことが、「勝つことしか許されないサガン鳥栖」は、残り時間で2点を返さなければなりませんでした。

ここからの10分間のサガン鳥栖の試合は素晴らしかった。
ボールの追い方、体のぶつけ方、懸命な走りなど、選手の「思い」が伝わるプレーで、4分後にコーナーキックから渡邊が得点して同点にしました。

ただ、その後がよくない…。
残り時間5分を切るまで、サガン鳥栖の試合内容はまたチンタラチンタラけしたものでした(汗)。
むしろ、仙台の方が必死でしたよ。

さすがに残り5分間はサガン鳥栖の選手も必死さを見せましたが、相手もそれ以上の気迫で向かってきます。最後は、仙台優勢のまま1-1の引き分け。
サガン鳥栖にとっては、失ってはならない「勝ち点マイナス2」となったわけです(泣)


小生が見る、選手のひたむきさ、必死さは、ボールの追い方、体の入れ方、サイドの使い方、それにミスパスなどをしたときのフォローの仕方、ボールのない所での動き、次の展開を読んだ動きをしているか…などです。

1994年のアメリカワールドカップのアジア最終予選。
日本はイランに0-2で負けていました。途中出場した中山雅史選手の懸命な一つのプレーが日本のピンチを救いました。
そして彼のひたむきなプレーは日本中を感動させました。

今のサガン鳥栖の選手に必要なのは、今日の試合でやった“15分間の懸命なプレー”を90分間やり続けることです…。


次節の湘南戦でサガン鳥栖が負けたら、「J1昇格レース」から完全脱落です。
そうならないためにも、もっともっと懸命なプレーをすることが必要です。   

Posted by タピタピ  at 20:13Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年10月08日

J1昇格争いは、過酷なもの… ~小生の経験から~

これまで何度も「サガン鳥栖ネタ」を書いてきましたが、ここからはちょっと違った視点で物書きをしてみたいと思います。

小生が大分トリニータにいた1999年。Jリーグは二部制になって、J2の上位2クラブが昇格するシステムでした。
J1昇格のレースの渦中に、わが大分トリニータはいたのですが、当時は、松本育夫監督率いる川崎フロンターレが独走気味で、続いて大熊監督のFC東京、そして、石崎信弘監督の大分トリニータが続きました。

大分VS東京の昇格争いの中で、重要な試合があって、それがトリニータに関して言えば、
最終節の一つ前の試合(第35節)。ホームでのサガン鳥栖戦でした。当時はサガンは楚輪博監督で、大分の石崎監督とは先輩後輩の関係でした。当然のことながら、相手の手の内をよく知っている間柄です…。

小生はトリニータの一員(広報)だったので、大分が勝つことを祈っていましたが、この時期の九州ダービーは正直、嫌な気持ちでした…。対戦成績はトリニータ有利でしたが、無心で向かってくる鳥栖は怖い…。
案の定、サガンの松田に先制されて試合は激しい戦いになりました。試合は、その後大分が逆転し3-2でサガン鳥栖を下しました。

以下、小生が書いたウィイニングゴール(トリニータの広報誌)からの記事抜粋です。

【トリニータにとっては、FC東京よりも1日早い試合となったために、ぜひとも勝ってプレッシャーをかけたい。いや、というより、“負けたら終わり”という気持ちさえあった。選手にとってはまさにサドンデスのPK戦を戦っているような気持ちであったに違いない…(以下略)】

この節でFC東京はベガルタ仙台と引き分けて、最終節を前に順位が入れ替わり、大分トリニータはホームゲームでモンテディオ山形に勝てば、J1昇格となりました。
一方でFC東京はアウェーで苦手のアルビレックス新潟戦でした…。

正直、シーズン当初は「トリニータのJ1昇格争い」は、クラブの誰もがそう強く信じてはいなかったのですが、ここまで来たら『夢のJ1』までもう少しです。
最終節(36節)のモンテティオ山形戦に勝てば、J1昇格だったのですが、あの有名なロスタイムでの同点劇(大分の悲劇)によって、掴みかけていたJ1昇格を逃しました。
祝賀パーティの準備までやっていたのですが、涙の残念会になりました。あの悲劇を味わったのは、小生の人生の中でも大きな経験でした…。
小生はその後、大分のJ1昇格を見ることなく、クラブを去ってしまいました。

J1昇格というのは、本当に厳しい、過酷な戦いでしたね。

こうした過酷な戦いを勝ち抜くためにも、佐賀県民の心を一つにする、必要があると思います…。頑張れよ! サガン鳥栖。


映像は、FC東京側からの報道です。






  

Posted by タピタピ  at 22:43Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年10月01日

今こそ、佐賀を一つに…

「東京」オリンピックが決まるかどうかの大事な闘いが明日で決します。
小生は、是非「東京オリンピック」を実現してほしいと思っています。


ある意味、日本は成熟した民主主義国家。
他国ならば考えられないような「オリンピック招致反対運動」が起こったりします…。
反対は反対の理由があるでしょうし、それは尊重しなければならないのでしょうが、少なくとも小生は「オリンピック招致支持派」なんです。

日本は、これまでスポーツイベントの招致活動において、大きな屈辱を味わったことがあります。

2002年のFIFAワールドカップの際には、鄭夢準の狡猾な“賄賂攻撃”に負けて、屈辱の日韓共催へ

1988年のオリンピック招致では、「名古屋オリンピック」が鄭周永に負けてソウルに奪われて

2006年のオリンピック招致では「大阪オリンピック」で恥をかいて…


スポーツはフェアな闘いでもあり、政治でもある。
文化でもあるし、“戦争”でもある…。


ならば、この力を使って「佐賀を一つ」にしたい・・・・・。
スポーツの力で、佐賀を振興したい。

だから、サガン鳥栖がJ1へ行くべきなのだ。


【続く】

「佐賀を一つ」にするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。

10月4日 午後4時 対FC岐阜 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月18日 午後4時 対ベガルタ仙台 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月25日 12時半 対ヴァンフォーレ甲府 佐賀県総合運動場陸上競技場   

Posted by タピタピ  at 20:37Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年09月30日

今こそ、佐賀を一つに…

「佐賀」を代表する祭りと言えば…。
小生の中では、唐津くんちです。唐津に4年間住んだこともあり、愛着のある祭りです。

佐賀市ではバルーンフェスタですかね。これは、単なるイベントではなく、“マインド”になっているかと思います。


ところで、サガン鳥栖がJ1に昇格したら…。
これまで佐賀県が、佐賀県民が経験したことのない大きな“祭り”が誕生します。

しかも、それは県民の希望、誇り、さらには「佐賀県民が一つになる」という大いなるマインドを実現するものです。



【続く】

「佐賀を一つ」にするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。
小生が運営するSNSサイト http://rengakusya.com でも運動を展開しています。ご興味のある方はご覧ください

10月4日 午後4時 対FC岐阜 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月18日 午後4時 対ベガルタ仙台 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月25日 12時半 対ヴァンフォーレ甲府 佐賀県総合運動場陸上競技場   

Posted by タピタピ  at 20:33Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年09月30日

今こそ、佐賀を一つに…

イベントやタダ券の配りまくりといった“方法”で、観客を集めることは小生的にはあまり好みません。

“エサ”により、人を呼ぶよりも、ここは佐賀県民の意地に期待したいと思っています。

だからこそ、サッカーとか競技の面白さとか言うよりも、「佐賀んもんの意地」を主張しています。

Jリーグは二部制ですが、J1とJ2とでは別世界だと思ってもらっていいかと思います。
まったく別のリーグ。市場規模や注目度、ホームタウンの誇りなどあらゆるものが違いすぎます…。

サガン鳥栖のJ1入りで、何が「佐賀県が変わる」のか…。これを詳しく説明していきましょう。


「佐賀を一つ」にするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。
小生が運営するSNSサイト http://rengakusya.com でも運動を展開しています。ご興味のある方はご覧ください

10月4日 午後4時 対FC岐阜 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月18日 午後4時 対ベガルタ仙台 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月25日 12時半 対ヴァンフォーレ甲府 佐賀県総合運動場陸上競技場   

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2009年09月30日

今こそ、佐賀を一つに…

どうしてこのタイミングで「佐賀市で…」なのか?!
小生はこれには、運命的なものを感じています。恐らく、天国の坂田先生からのこの上ないプレゼントであると…。
(※鳥栖スタジアムの芝の養生という問題はおいといて)


サガン鳥栖の残り9試合でホームゲームは5試合。
うち、3試合が、佐賀県総合運動場陸上競技場で行なわれます。

繰り返しになりますが、小生にとってのサガン鳥栖は『佐賀を一つにする存在』です。

これは「サッカーという競技」のものではない。
サッカーが好きであろうが、サッカーに興味があろうがなかろうが、関係ない。

小生は「佐賀」が好きだから、この佐賀市で開催されるサガン鳥栖の3試合を応援しようと思っています…。


県土が小さな県で、「県が一つ」にならかったら、都会には勝てません!!

この時期に、佐賀市でサガン鳥栖の試合が行なわれる。しかも、その試合が最も重要な試合が続く…。

このことだけでも「佐賀を一つにする舞台」が整ったと思っています。



【続く】

「佐賀を一つ」にするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。
小生が運営するSNSサイト http://rengakusya.com でも運動を展開しています。ご興味のある方はご覧ください

10月4日 午後4時 対FC岐阜 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月18日 午後4時 対ベガルタ仙台 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月25日 12時半 対ヴァンフォーレ甲府 佐賀県総合運動場陸上競技場   

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2009年09月29日

今こそ、佐賀を一つに…

「佐賀」が変わります。
間違いなく変わります。
これは、小生が“保証”します…。

今、サガン鳥栖が闘っているJ1昇格レースに勝ち残れば、佐賀が変わります。

サガン鳥栖が来季(2010年シーズン)に、J1にいれば…。
あの、世界最大のスポーツ大会であるFIFAワールドカップに出場する日本代表選手のプレーを、鳥栖スタジアムで見ることができます。

今のJリーグのシステムでは、日本代表選手のほとんどはJ1クラブに所属しています。

サガン鳥栖がJ1になれば、相手チームの中に日本代表選手がいます!!

「佐賀」を通して世界とつながっていることを実感することになるでしょう…。


【続く】

「佐賀を一つ」にするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。

10月4日 午後4時 対FC岐阜 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月18日 午後4時 対ベガルタ仙台 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月25日 12時半 対ヴァンフォーレ甲府 佐賀県総合運動場陸上競技場   

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2009年09月29日

今こそ、佐賀を一つに…

これはサッカーとかスポーツとかではない、「佐賀んもんの意地」です…。
われわれ佐賀県民が、夢を見て育ててきたモノがあります。
サガン鳥栖のJ1昇格は、県民が一丸となって闘う意地でもあります。

小生のそもそものスタートは、「佐賀を一つにする」こと。
そして、そのために最も優れているものが「サガン鳥栖のJ1昇格である」と信じています。

だからこそ、言いたいのです。
これは、サッカーという一つの競技や、試合という“興行”や“イベント”ではない。

これは、佐賀んもんの意地であると…。

【続く】

「佐賀を一つ」にするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。

10月4日 午後4時 対FC岐阜 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月18日 午後4時 対ベガルタ仙台 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月25日 12時半 対ヴァンフォーレ甲府 佐賀県総合運動場陸上競技場   

Posted by タピタピ  at 19:19Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年09月29日

今こそ、佐賀を一つに…

熱いものがこみ上げてくる時、人は自然と涙を流します…。
サガン鳥栖のサポーターが注目した、2005年1月30日の「サガンドリームスとサポーターとの懇談会」。
新生サガン鳥栖の「永久欠番17番」のことを説明した井川幸広さんの涙に、多くのサガンサポーターが感動したかと思います…。

実は、その前日(05年1月29日)の佐賀市のマリトピアでの「サガンドリームスの事業計画発表会」の場でも、井川さんは「永久欠番17番」を涙ながらに語りました。


この2つの“門出”を終えた井川さんはふと小生に語りました。
井川さん『どうも、坂田先生のことを話すと、涙がとまらないんだよね…』


小生もこの時は、井川さんの涙の意味を知らなかったのですが、後からある告白を聞いて、納得をしました。


サガンドリームスの船出を前に05年の正月、井川さんと佐賀で打ち合わせをしました。その際、小生は一つのお願いをしました…。
小生『井川さん、坂田先生のお墓参りをしましょう…』

小生の案内で、坂田先生の墓参りをする道中、先生のご病気(がん)のことなどを井川さんと話しました・・・。
井川さんは『坂田さんは命を削ってサガン鳥栖を守ってくれたんですね…』。

この井川さんの“言葉の意味”は、彼の覚悟でもあったかと思います。


実は、井川さん自身、胃がんを患っておられて生死の境を乗り越えたばかりであったことは、冒頭の2つの門出の儀式が終わった後に聞きました。

命を削ってサガン鳥栖を守った人のご恩を思い、井川さんがその覚悟の大きさを身をもって知り、その人のことを語るとき。
サガン鳥栖の不滅の永久背番号「17番」にかける思いを、井川さんは心の言葉で語っていたとのだと思います…。


【続く】

「佐賀を一つ」にするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。
小生が運営するSNSサイト http://rengakusya.com でも運動を展開しています。ご興味のある方はご覧ください

10月4日 午後4時 対FC岐阜 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月18日 午後4時 対ベガルタ仙台 佐賀県総合運動場陸上競技場
10月25日 12時半 対ヴァンフォーレ甲府 佐賀県総合運動場陸上競技場   

Posted by タピタピ  at 16:49Comments(0)TrackBack(0)サガン鳥栖

2009年09月29日

今こそ、佐賀を一つに…

永久欠番は「17番」です。これにはきっかけがあります…。
数あるJリーグクラブの中でも、17番を欠番にしているのはサガン鳥栖だけでしょう。

2004年の秋、井川幸広さんから相談がありました。
『○○さん(小生の名前)、サガン鳥栖を応援する人の心を一つにするものって何かありませんか?』

小生は一人の人物の名前を挙げました。
それは、坂田道孝先生でした。

鳥栖フューチャーズの解散、サガン鳥栖の誕生への道で、多くの方が自己犠牲をしながらクラブを支えてきました。
その中で、小生がまっさきに挙げたのが『坂田道孝先生』でした。

先生は、サガン鳥栖が誕生した1997年、獅子奮迅の活躍をされてこの難局を乗り切りました。
その後、病に倒れられ、2000年1月7日に54歳の若さで亡くなられました。

当時、小生は大分トリニータの一員でしたが、サガン鳥栖との試合場では体調を崩された先生とお会いすることはありませんでした。
先生が亡くなる直前、入院されていたホスピスに見舞いに行ったのが最後でした。

小生は、井川さんに坂田先生のことをお話し、サガン鳥栖の歴史などを語りました。

そして、井川さんがサガン鳥栖の経営を引き継いだ際には『坂田先生の命日である1月7日から17番を永久欠番にすること』を提案しました。



【続く】

「佐賀を一つ」にするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。
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10月18日 午後4時 対ベガルタ仙台 佐賀県総合運動場陸上競技場
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2009年09月29日

今こそ、佐賀を一つに…

佐賀にはかつてPJMフューチャーズがありました。経営難からクラブが消滅した後、坂田道孝先生を中心とする有志の方たちが「サガン鳥栖」を誕生させました。

小生は一度、坂田先生に聞いたことがあります。
『サガン鳥栖ってなんでサガン鳥栖なんですか?』


坂田先生は・・・
『そりゃ○○さん(小生の名前)、佐賀の鳥栖だからだよ…』


そうかぁ~、なるほど、先生をはじめ有志の皆さんの気持ちの強さが分かりました。

佐賀を一つにしたい、そうした思いが詰まったクラブ名だと思いました。
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【続く】

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2009年09月29日

今こそ、佐賀を一つに…

佐賀は県土が狭いのですが、同じ県内でも地域性が強く表れます。
小生は佐賀市生まれ、佐賀市育ちですが、「鳥栖」という地域はあまり行ったことがない所でした。

同じように、唐津の人にとっては佐賀という地域はそこまで愛着がないという声も聞いたことがあります。

その佐賀を一つにするアイテムがあります…。

それが「サガン鳥栖」!!

小生はサガン鳥栖の生みの親である故坂田道孝先生(佐賀大学)とお付き合いをさせていただきました。
先生はサッカー界の人間でありましたが、同時、「Jリーグの理念で佐賀を一つに…」という考えの持ち主でもありました。

佐賀新聞の記事検索でも「坂田道孝」の名前を入れると53の記事が出てきます。



【続く】

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2009年09月29日

今こそ、佐賀を一つに…

「佐賀を一つ」にするための、百年に一度のチャンスが訪れました…。
あまりスポーツに関心がない人も是非、このブログのシリーズをお読みください。一所懸命書きます!

1993年、Jリーグが発足した時に、その理念を見てびっくりしました…。
それは、Jリーグがやろうとしていることは、スポーツであってスポーツではない。ビジネスであってビジネスではない…。

これは、壮大なる「地域おこし」だと思いました。

そして、直感的に、こんなのが自分の「ふるさと佐賀」に出来てくれたらどんなに、県民の力になるか…と思ったのです。

小生は、当時はある会社の社員でしたが、その時はまさか自分がJリーグクラブとかかわることになるとは思っていませんでした。

【続く】

「佐賀を一つ」にするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。

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2009年09月27日

今こそ、佐賀を一つに…

タイトルは「まちづくり」的な話ですが、まずはこのブログ、お読みください。皆様の失望を買わないよう、一所懸命書きます…。

J2のサガン鳥栖は、今正念場です。
小生はこれまでの人生で2度、Jリーグクラブで働きました。

最初は1998年~2000年に大分トリニータ。
二度目は2005年にサガン鳥栖・・・・。

元々サッカープレイヤーでもなく、サッカーのことはほとんど知りませんでしたが、「惚れたこと」があります。


それは、Jリーグの理念です…。【続く】

佐賀を一つにするためにも、来るべきサガン鳥栖のホームゲーム、是非とも満員にしたいと思っています。

10月4日 午後4時 対FC岐阜 佐賀県陸上競技場
10月18日 午後4時 対ベガルタ仙台 佐賀県陸上競技場
10月25日 12時半 対ヴァンフォーレ甲府 佐賀県陸上競技場

このサイトで「サガン鳥栖プロジェクト」展開しています。http://rengakusya.com  

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